夜の濃い闇の中、聞こえるのはパチパチと薪の爆ぜる音。
 そして微かな話し声。













        
  『A story of the night.』















 「かごめたち、いつ帰って来るかのう。」
「明日にでも帰ってきますよ。」
「珊瑚、早く戻ってこんかのう。」
「水場をもう一度探しているだけですから、すぐ帰ってきますよ。」

 殊更に不安そうな子狐の声に、弥勒はただのんびりと答える。静かな静かな、夜だ。





















 「甘太と甘太のおとう、今頃どうしとるかのう。」
唐突な子狐の問いに、弥勒はきょとんとしてその小さな瞳を見返した。
「仲良く、平和に暮らせとると良いがのう。」
くじくじと手の中のどんぐりを弄びながら、ぽつんぽつんと独り言のように言う。

 寂しい、のだろうか。

 「七宝?」
ひょい・とその体を抱き上げ、膝の上に置いてやる。見れば、まるで犬夜叉が死んだと思い込んだときや弥勒自身が消えてそれから見つけたときと同じように、その顔をぎゅうっと歪めていた。
「あのな、弥勒。」
「はい。」
「おらは、おとうが死んだとき、なんにも出来なんだ。そいで、毎日、毎晩、おとうを殺した雷獣どもを、恨んでおった。でも、そのかたわらでな、おとうのことも恨んでおったんじゃ」
 言うほどに声がか細くなっていく。
「いつも隣にいたおとうがもう絶対に居てくれないのが哀しくてな、悔しくてな、馬鹿とか阿呆とかいっぱいいっぱい言っておったんじゃ。」
 きゅうっと、弥勒の袈裟を握り締めて。
「…今は、かごめも犬夜叉も弥勒も珊瑚も雲母もおる。冥加じいとか楓ばあとか――サツキ、とか。犬夜叉と逢ってからは本当にたくさんの人と出逢った。そりゃあ、奈落みたいに大嫌いな奴らもいっぱいおったが……」


 泣きそうな、笑い。


 「おら、大好きな人たちをいっぱい作ることが出来たんじゃ。」

 小さな頭をそっと撫でると、微かな震えが伝わってくる。七宝の精一杯は、弥勒にとってどこまでも痛かった。
「だから、だからな、おらは、みんながおとうとおんなじくらいに大好きじゃからな、」
潤み始めている瞳をそれでも閉じまいと見開きながら、
「もしも、おとうみたいに勝手にいなくなったりしたら、そしたらおらは、」
すうっと息を思いっきり吸って、
「絶対に毎晩、文句を言うのじゃ。毎晩毎晩毎晩毎晩、馬鹿とか阿呆とか間抜けとか、分からず屋とかすっとこどっこいとか唐変木とかそれからそれから……」
「七宝。」
 静かに名前を呼んで声を遮り、弥勒はぎゅっと七宝を抱きしめた。

 鼻を掠めるのは温かくて柔らかい、日向の太陽の匂い。

 ぽんぽんとあやすように背を叩いてやると、七宝は途切れ途切れに続きを言った。
「…でもな、でも、絶対に、これだけは言わんのじゃ。…絶対に、」

 少しの間。

 「…“大嫌い”だけは。それだけは言わん。それは嘘なんじゃ。だから絶対に言わん。…そして、それから必ず、おらは…」
涙がぽろぽろと零れ、袈裟に小さな染みを作った。それを握り締める小さな手の力はますます強まり、頭をこすりつけるようにぎゅっと押し付ける。



「“帰って来い”と、言うのじゃ。そうして、言った後はきっと、必ず、泣くのじゃ。」




 今だって泣いているくせに。
 弥勒の中の意地悪な部分がそう小さく呟いたが、それ以上に子狐が一生懸命で。

 「だから、だからな弥勒……」
もう赤くなりかけている瞳でじっと見つめ、絞り出すように言った。



「消えるでないぞ。絶対に、消えるでないぞ。」












 弥勒は応えず、ただ微笑んだ。

















 静かな、静かな夜だった。
































 袈裟を握り締めたまま眠ってしまった子狐の頭を撫でていると、退治屋が帰ってきた。


 「ただい…って、なんだ。七宝寝ちゃったの?」
「ええ。」
やっぱり子供なんだねえ殺生丸に向かっていった時と同じ奴とは思えないよと顔を綻ばせる珊瑚を、微笑んだままでみやる。
 と、彼女の顔が突然歪んだ。
「ちょっと法師さま、また七宝いじめたの?」
「…はい?」
思わず間の抜けた声を出した弥勒を、怪訝そうに見つめる。
「七宝、目のふち、真っ赤じゃないか。」
 ああ、と声を上げ、ほんの少し哀しそうに淋しそうに、しかし笑って答えた。
「…それはね、ただ、ほんの少し、寂しかっただけなんですよ。」
「へ?」
「寂しかっただけ。誰だって、時にはそんな気分になることもある。」
 でる手を止め、まだ少し湿っている頬をぷに、と突付く。
「きっと明日にはなんでもないことになるんです。…人は、ただ黙ってそれを聞けばいい。そして次の日には忘れるのが一番良い。」

 「…何言ってんのさ。」
 良く解らないというふうにますます眉をひそめた珊瑚にはは、と笑い、
「なんなんでしょうね。私も、闇と懐古に惑わされましたかな。」
その笑いがなんとなく乾いていて、珊瑚が少し心配そうに大丈夫と訊いた。それにもただ笑って大丈夫大丈夫と言い、そして、
「寝ますかね。」
ふっと天を仰いで、そう呟いた。














 静かな静かな、夜のお話。











                                   -------------------End.
                                       
 ■おまけ喜劇